ロレッタブログ

地獄めぐりのバスは往く(続) - 2011.09.09

この本は非常に共感する文章が多かったので、また1つご紹介。
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地獄めぐりのバスは往く / 中村うさぎ
私がプチ整形(だけでなく、フェイスリフトもやっちゃったけど)した時、周囲の友人知人の反応は極端に分かれた。「ねぇねぇ、私もしてみたいんだ。病院を紹介して!」と積極的に身を乗り出して相談してくる女たちと、まったく関心を示さない女たち。
面白いことに、関心を寄せてくる女たちの多くは「あんた、整形する必要ないから」と言いたくなるほどの美人、あるいは若いころに美人と呼ばれ今でもじゅうぶんに美しい人たち。
因果なものである。自分が美人であることの価値をよく知っていて、いい目に遭ってきた女たちほど、己が美貌に不満を抱いているというワケだ。
しかしまぁ、考えてみりゃ当たり前だよね。自他共に認める美人であればこそ、自分の顔に何より関心があろうし、関心があればあるほど「ああ、この鼻がもう少し短ければ。目と目の感覚がもう少し狭ければ」などと、ものすごーく細かい部分にこだわってしまうのだろ。そしてもちろん、老いによってその美貌が衰えることの恐怖や嫌悪も、人並み以上なのである。
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↑ 仕事柄、沢山の女性と接していて同じように思うのですが、きれいな人ほどもっときれいになりたがるので、きりがないことはたしか。そうしたときに、客観性を失わずにいられる「バランス感覚の良さ」が最も大切だと思うのですよね。
ただ、美人が誰でもよい目にあっているかというと、本人は気さくなのにあまりにも美しすぎてそうそう異性から声もかけられず「勝手に高値の花になっちゃった人」もいるので、「いい目に遭ってきた」とひとくくりに言えるかどうかは分からないようにも思います。
が、一方ではきれいでいると、「お嬢ちゃんかわいいね~。はい、この飴玉あげるね」からはじまって、華が在る人とない人では(おごられたりもらったり諸々を含めた)生涯に得られる金額が約2億円(3億円?)は違う、と武田久美子が言っていたような。
その金額がどうやって出てきたのかは謎ですが、小さなことでも積もり積もればずいぶん違うのでしょうね~。
そして彼女は、現実に自力で2億円稼ぐ可能性と、きれいでいることのどちらに可能性があるかを考えて、て、きれいでいることを選んだのだそうです。(←うろ覚えですがそんな内容だったような気がする)
賢いですね。
以下、続き。↓
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昨年11月に開いた私の出版記念パーティーでも、ゲストに整形外科医の高梨院長をお呼びしたため、女性客たちの反応は面白い良いに二派に分かれた。そりゃあ女であるから、皆、一応は自分の顔に関心がある。したがって、ほとんどの人が高梨先生に「私の顔、どこを直せばいいですか?」と相談したのだが、興味深いのは相談後の彼女たちの反応であった。
ちなみに高梨院長は歯に衣着せぬ(もうちょっと着せろよっ、と、この私ですら思うことがある)男なので、次々に相談に現れる女たち一人一人日ズケズケと、「ああ、あなたは鼻がデカ過ぎますね」だの「あなたは顔が歪んでますね」だのと答えていた。美人のブスもまったく平等に、欠点をズバリと指摘されたワケである。
すると、美人はたいてい院長の言葉を重く受け止め、私の傍にやってきて「高梨先生に顎を直せと言われたわ。じつは私も前から気になってたのよねぇ。この機会に整形しようかな」などと憂い顔で報告する。
ところがあまり美人ではない、いや、ハッキリ言って不細工の部類に類するかもしれない女たちは「高梨先生にこう言われたけど納得いかない」と小声で反論したり「鼻を直せと言われたけど、私、自分のこの鼻が気に入ってるのよねっ!」と胸を張って強気の宣言したりするのであった。
うーむ、面白い!美人ほど自分の顔に客観的で、そうでないものほど自分の顔の欠点を正しく把握できないのだろうか。
しかし、これは女に限ったことではなく、たとえばハッとするような美男子が自分の容貌に謙虚である一方、「おいおい」と言いたくなるようなご面相の男がずうずうしくもイケメンを自称したりして、たびたび私を憤慨させるのである。
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最後のオチが笑えますが、それで思い出したのが前に新幹線の洗面台の鏡でずっと髪形を直していた20代半ばくらいのサラリーマン。
女性が家事洗濯料理をこなせることが全てではないように、男の人も仕事が評価の全てではありませんが、20代のうちにしかできない物事へのまみれ方(人によってはそれが仕事だったり、子育てだったり、家事だったりetc)、そして、「なりたい自分」と「現実の自分」のギャップがどかしくて必死にその高みにはいあがろうとする時期、というのは在ると思いますし、特にそうした訓練とも言えるような時期は10代20代のうちに経験しておいた方がよいと思うので、髪の毛に費やす時間をそっちに回した方が良さそうな気がしました。
ちなみに、きれいで居続ける人とそうではなくなる人、飛躍的にきれいになる人と、そのまま(もしくはそうではなくなる)人の違いは一体どこにあるのか?を最近延々と考えてつづけているかんばらさん。
ぼちぼと考えがまとまっていているのですが、またそのうち記しますね~。