ロレッタブログ

オルトレキシアとは何か「正しい食」が心を縛りはじめるとき - 2025.12.01

私たちは日々の食事を通じて自分の身体を整え、未来の健康をつくっています。
どんなものを食べると身体が楽に過ごせるのか、心地よくいられるのか。
その感覚に耳を澄ませながら選ぶという姿勢は、とても自然で健全なものです。
私自身も、この価値観を大切にしてきました。

けれど、近年は「健康でありたい」という願いが、いつの間にか心や生活を圧迫してしまうケースが報告されています。
それが、オルトレキシア(Orthorexia、オーソレキシア)と呼ばれる考え方です。私がこの比較的新しい摂食障害をはじめてブログで取り上げたのは2014年12月末でしたが、実際にはこの問題は1996年に認識されているそうです。


オルトレキシアとは

オルトレキシアとは、「健康に良い」と信じる食べ物を強く求め、その他を排除してしまう、いわば“正しい食”への過度な執着を指す概念です。
摂食障害の一種とみなされることもありますが、いわゆる拒食症や過食症が「量」に焦点があるのに対し、オルトレキシアは「質(クオリティ)」に焦点があることが特徴です。

現時点で医学的な正式診断名ではありませんが、研究領域として、そして社会的課題として注目されています。なぜなら、現代の食・美容・ウェルネスのトレンドと、非常に親和性が高いからです。


 

食を意識することと、食に支配されることは違う

米国版 Women’s Health は“We’re all interested in healthy eating, but there’s a big difference between being mindful of your diet and letting your diet control your mind.”と述べています。

健康的な食を意識することと、
食が心や生活を支配してしまうことは、似て非なるもの。

さらに Journal of Human Sport & Exercise によると、オルトレキシア傾向が強い人は人工着色料、添加物、農薬、遺伝子組換え、糖、塩分などを“強迫的に”避け、やがて自分の中に厳格なルールをつくり出してしまうと報告されています。

それは、外食や人付き合いを避ける、少しでも「不純」と感じるものを食べると罪悪感が生まれる
といった形で、生活を徐々に狭めていき、結果的に社会的な孤立につながることもあります。

どこからが“行きすぎ”なのか。

健康意識が高い人はたくさんいます。
それ自体が問題なのではありません。
大切なのは、「度合い」「心の状態」です。

例えば、以下のような状態が複数あてはまる場合、注意が必要かもしれません。

・食材選びに過度の不安や恐れがある
・食べられる食品が極端に限られている
・外食がストレスになる
・食のルールから外れると罪悪感が出る
・食事が日常生活の中心になりすぎている

健康的な食習慣とオルトレキシアは、白か黒かではなく連続線上に存在しています。
柔軟性やしなやかさが保てているかどうかが、ひとつの指標になります。


 

オルトレキシアを理解するための信頼できる情報

スポーツ栄養士で摂食障害スペシャリストであるRenee McGregor(レニー・マクレガー)氏による Talk at Google(Google社内で行われた講演会)の「Orthorexia: When Healthy Eating Becomes Obsession」は、非常に示唆に富んだ内容です。最後のQ&Aではオーソレキシア当事者からも質問が上がっていたりと、クリーンイーティングやシュガーフリーなどのトレンドがどのようにして“心理的な縛り”へと転じていくのかを解説しています。

健康とは、完璧の追求ではなく、バランスと柔軟性の中に育まれるもの。その核心をつくようなメッセージが、多く盛り込まれています。


私自身の食の選択と向き合い方

ここ数年、私はほぼ完全自炊生活に近くなり、念願の朝方生活に着実にシフトすることができて以来、体調が安定しやすくなりました。食品添加物が多い加工食品や中食を避けることは、私にとってその前から自然な選択であり、“楽しめている”という感覚があります。

何度か記していますが、キッチンには砂糖、みりん、ケチャップ、マヨネーズ、ソース、メープルシロップや蜂蜜もありません。お米も甘くないものを選びます。それは「糖質絶対排除!」の強迫観念ではなく、食事に甘い味が入るのが単に好みではないという理由です。それに、そんなに大きくない冷蔵庫が調味料でいっぱいになると、肝心の食料品を入れるスペースが残りません(笑)。

外食時も、気になるものを無理に食べるくらいなら自宅で作ろうと考えるほうなのですが、それは食に囚われて苦しんでいる選択ではなく、「自分の身体が安心する方法」だから、という理由です。それに、経済的ですしね。


 

 ただ今回、改めてオルトレキシアについて学び、こだわりが自由を奪わないよう、自分の心の状態を見つめることの大切さを再確認しました。

こだわりと、しなやかさ
好きだから選ぶ
安心できるから続ける
自分に合っているからそうしている

この軸が保てている限り、そのこだわりはきっと自分を支えるものです。
しかしもし、
・できなかった自分を責める
・人付き合いを避けはじめる
・食が楽しみではなく「管理」になっている

という状態が続くなら、少し立ち止まるサインかもしれません。

健康とは、身体だけではなく、心や社会的つながりを含めた、総合的な営みです。

正しさよりも、やわらかさを。
誰かの基準ではなく、自分にとってのちょうどよさを。
その先にあるのは、過不足のない、静かな健やかさだと私は考えています。