ロレッタインタビュー(vol.5)

自立して生きるために「手に職」をつける

ー今回は、甲原さんのキャリア形成についてお聞きしたいと思います。将来の仕事について、意識を持ち始めたのは、いつ頃ですか?

甲原:まだまだ日本は、会社勤めを一般的な生き方とする意識が強いような気がするのですが、私自身は昔から会社員で事務をするといった生き方を全くイメージできませんでした。「サラリーマン」「会社員」という存在が、叔父夫婦を除いて身近にいなかったことも理由にあるかもしれません。
家族や親族、家族ぐるみで親しい知人は、みな手に職がある人たちばかり。「生業」と呼べる専門的な職業に就くのが当たり前、という環境で育ったので、私もエステティシャンという道を選びました。

ーたとえば、周りにはどんな職業の方がいらっしゃったのでしょう。

甲原:洋裁職人、ピアノ教師、臨床検査技師、美術館のキュレーター、畳職人、建設会社経営、洋品店経営、美容師など、思いつくだけでもたくさんいますね。経営者も多くて、鉄工所や飲食店、食料品、美容室などを経営している人も少なくありません。

最近調べたところでは、私の地元の高知県は、自営業の割合が全国第2位でした。ですから、自分で何か商売をはじめて食べていくことはちっとも珍しくないのです。

ー近くに自営業者が多いと、自分で事業を回していく苦労を目の当たりにしてきたと思うのですが。それでも「手に職」が良かったのですね。

甲原:ええ。誰かに雇用されていると、与えられた仕事にただこなすだけになってしまうリスクがあると思いました。私は、やりがいなく愚痴にまみれ、かといって転職したりスキルを上げる努力もせず、ただ定年まで会社にしがみつくような、なし崩し的に毎日を過ごす生き方は絶対に嫌でした。

極端なたとえですが、所属する組織や肩書や役割などの高ゲタを履いて威張る大人と、そういうものに一切頼らずに、たたき上げで獲得した専門性によって、活力や魅力にあふれている大人。そのどちらになりたいかと問われたら、私は後者を選ぶほうなのです。若い時から試行錯誤して、自分のやりたいことをやって失敗したほうが100倍マシと思う性分です。

前者のような職場で働いていると、悪い性質が自分にも感染して腐りそうなのが嫌です。長くその職場にいる人を見れば、そこにいたら5年後10年後20年後の自分がどんなふうになりそうか、なんとなくわかってきますよね。独立までのいきさつはいろいろあったのですが、こういうことも理由の1つでした。

ーそれで東京の中野坂上にサロンを構えられたのですね。独立をして良かったと思うことはありますか?

甲原:独立独歩で生きていると、自分自身の人生をダメにすることは少ないように思います。ただただ現状維持で組織に勤め、いたずらに年を重ね、「こんなはずじゃなかった」と後悔する人に遭遇する機会はこれまでたくさんありました

たとえばエステサロンに勤務していたころは、「若くて職が見つかりやすい」という甘えや自信の無さから、目先の楽に稼げる仕事に逃げ、失業保険を「お金を貰って遊べるもの」と捉えてしまい、チャレンジやキャリア形成を先延ばしにしつづけて気がついたら30代半ばという先輩。転職には年齢制限がかかりはじめ、これといった職能も無い。ようやく得た仕事のサロンワークは心身ともに激務だったようです。腹立たしくていら立って、しょうがなかったのでしょう。自分よりも年齢が若くて可能性のある私や毎年入社してくる新人をいじめたりするのです。相手を弱くして自分を優位にすることよりも、自分が強くなる方が大事なのに。

しかし、人の邪魔をしたり貶めたりすることで優位に立とうとする人は、いずれ消えていきます。

ーそうですね。周りから嫌がられますし。

甲原:はい。案の定2年半ぐらいで辞めていきました。これまでと同じように実績に繋がらない職を転々とするのかなあ、これから先がもっと長いのに、             と思ったのをおぼえています。

ー怖いですね。

甲原:建前では「お客様のために真心のこもったサービスを提供」と言うのですが、ただの保湿クリームを「シミが消えますよ」というセールストークで販売していました。「もしお客様から『塗ってるのにまだシミが消えないわ』と言われたら、『塗る量が少ないからです』と言えばいい。どうせ老人は丁寧なスキンケアなんてしないんだから、バレやしない」という具合でした。高齢者は孤独感を感じている方が多いので、ニコニコと愛想がよくて話を聞いてくれる人を、親身な人だと信じこんでしまいやすいのです。その話を聞いて、もちろん私は止めましたけど、姑息な人は懲りないと思うので、餌食になる高齢者のお客様が気の毒ですね。ご高齢のお客様からの予約のお電話を「カモがきた」と笑っているようなタイプの人でした。

また、サロンの施術ルームが個室であることを利用して、ネットワークビジネスの矯正下着をお客様にこっそり販売している人もいました。シングルマザーだったらしいので金銭的に苦しかったのかもしれませんが、会社にバレて首になっていました。

ー良くないとわかっている商品を売っている人は、けっこういますよね。

甲原:そうですね。ほかには、自己正当化や自己欺瞞をしながら、家庭や会社などいたくない場所にい続ける方、理不尽な扱いを受け続け、居心地の悪い場所にいたまま、嫌な関係性を続けてしまっている方。我慢して事態が良くなる見込みがあればよいのですが、そうでなければ、自分の心を理屈でごまかしていることをご本人が一番理解しています。どのケースも、本心と欺瞞のズレによって、次第に神経症的になっていかれることがありますね。

ーええ。いたくない場所にい続けると、体も心もボロボロになりますよね。

甲原:踏ん切りをつけられないまま、ダラダラと現状維持ができる目先の「地位財」の恐ろしさは、私は比較的見てきたほうです。活力や生命力が低下するので病気になりますし、言動は強迫的で、顔つきは神経症的になっていきますね。仕事のストレスで自分を抑圧しすぎたせいか、プライベートまで無感情で表情が無くなっている人も多いです。

ーうーん。

甲原:特に40代後半にさしかかると、容姿の衰えと、キャリアの先行きの不安、ホルモンバランスの変化、運動不足と体力低下による疲れやすさなどが合わさって、脳も老化し、意欲と気力も低下してプチパニック状態に陥る方が少なくないです。「ミッドライフクライシス」、別名「第二の思春期」ともいうそうです。その年代を過ぎても苦しそうな人や、ますます生きづらくなっている人は、いくら経済的に豊かでも、ほんとうに惜しいと思います。

ーたしかに年をとると、保守的になりやすくなる気がします。

甲原:己の自己欺瞞に気づくのはつらいものなので、年齢とともに現状から身動きが取れなくなっていく人が多いのです。そして神経症的で不安定な人からは、人は離れます。そうなると孤独になり、近寄ってくるのは詐欺師や共依存タイプの異性ばかり。人間関係の親密さがもたらす温かさは信じられず、人と距離をとることでしかコミュニケーションができません。しかし、何が自分にとっての「指針」になるのかはあまり考えず、安易な答え、温かくて耳障りの良い快適な嘘、目先の満足に流される、…そういう人は都会の方が多いように感じますね。都会は消費財と地位財が多いせいかもしれませんが。消費の仕掛けも、今はものすごく巧みですしね。

ーたくさんのお客さまの心と体のケアをされてきたご経験の中で、どうしたら「こんなはずじゃなかった人生」を避けられると考えていらっしゃいますか。

甲原:本当の大人というものは、孤独な時間の豊かさも楽しめる人。ただし、セルフイメージの高さを、傲慢や横柄と勘違いしている人も少なくないです。「繊細さ」と「神経質」も、「マイペース」と「甘え」も違う。私は、さまざまなことをリスクと捉える臆病さよりも、変化を楽しむ鷹揚さのほうが好ましく思いますね。

キャリア形成や人間関係のリスクは、その年齢なりに少しずつそぎ落としていったほうがその後の人生がもう少しラクになりそうに思えて、もったいなく感じます。リスクを先送りすると、あとが大変になるだけです。目先のお金やラクを求めて人生を決めると、「本当に自分がやりたいことがわかりません」となる。根源的な問いを50代、60代になって問うても、答えが自分の中から出てこないのは恐ろしいことです。おそらく虚無感にも襲われるでしょう。そのような生き方では、本当にしたかったことで満たされる幸せは永遠にやってきません。

ーその他に気をつけるべき点はありますか。

甲原:他の方達ともかかわる中で感じることなのですが、お金や社会的立場、高級品とされるモノなどの「地位財」が揃っていても、不平不満や不幸感や鬱積は尽きません。平穏な心や充実感、健康、安心感、愛情と信頼で繋がる豊かな人間関係などの「非地位財」の方がよほど手に入れづらく、大切なものではないでしょうか。

お金で買えないものをお金で買おうとしてきた人に、「こんなはずじゃなかった的な事態」や「永遠の自分探しに陥る人」が多い印象です。また、地位財があると、その人の羽振りの良いお金やコネに群がってくる人が多いです。そうなると、誰が本当に自分のことを気にかけて言葉をかけてくれているのか、判別がつかなくなるので、種類の違う大変さがありますよね。どちらを選ぶかは本人の自由ですが、私は「信じるに値する自分になる」ためのチャレンジを好んでいます。

ー結局は、自分自身なのですね。

甲原:「あやかったもの」よりも、自分の背丈と能力で生きる勇気を持ち、実行に移した方が人生楽しいですよ! 好奇心旺盛に色々なことにトライして、自分のしたいことをすればいいと思います。やればやるほど失敗もありますが、自分の程度がわかり、打たれ強さも生まれます。トライ&エラーを繰り返すうちに、信頼するに値する自分が育まれてくるのが「自信」なのだと思います。そしてできればそういったチャレンジは若ければ若い方がよい。

お金で買えないものをお金で買おうとしてきた人に、「こんなはずじゃなかった的な事態」や「永遠の自分探しに陥る人」が多い印象です。また、地位財があると、その人の羽振りの良いお金やコネに群がってくる人が多いです。そうなると、誰が本当に自分のことを気にかけて言葉をかけてくれているのか、判別がつかなくなるので、種類の違う大変さがありますよね。どちらを選ぶかは本人の自由ですが、私は「信じるに値する自分になる」ためのチャレンジを好んでいます。

ーなるほど…。地位財をたくさん持っているのはうらやましい限りですが、中途半端にそれを持っていると、人生に道を誤ってしまう危険があるのですね。

甲原:といっても、心の底からおぞましいと思えるほど嫌な環境にいるなら、遅かれ早かれ、人はそこから脱出します。そこに居続けられるということは、その場所はまだ居心地が良いのでしょうね。

ー仕事においても、人生においても、独立心を持っていることは大事ですね。

甲原:そうです。「誰かからあやかって得たもの」は、ただ与えられる一方です。いつまでたっても、自ら得ていく自信は持てないまま。ですから、失うのが不安でしょうがないでしょう。自分でゼロから手に入れた地位であれば、手に入れるまでのプロセスによって自信を得ることができると思います。

私には、出会った頃は無名だった海外の音楽家の友人が何人かいます。それぞれ今では世界的に認められる活躍をするようになりました。出会いから20年以上経つ今でも、彼らは当時と全く同じように謙虚な人柄です。活躍のきっかけになった某大物ミュージシャンとの仕事が何年も続いていたときも、そのミュージシャンの偉大さや業績を自分の手柄であると錯覚する傲慢さは一切ありませんでした。相手へのリスペクトがあれば、その人に見合う人物になろうと自分も努力するきっかけになっても、他人の業績を自分の手柄に仕立てあげて威張るなどということはできないと思います。