ロレッタブログ

うさぎ呑み!ゲスト 社会学者 鈴木涼美さん - 2018.04.25

先日は2丁目で中村うさぎさんがママを勤める「うさぎ呑み!」の日。

ラッキーなことに私がお客さん一人目だったので、うさぎさんとゆっくりお話しできてうれしい。タカナシユーザーのゲイの友人は問診票のご紹介者の欄にうさぎさんと私の名前を書いたら、看護師さんたちに「・・・このお二人の名前が両方とも並ぶというのは、ちょっと珍しいですねえ~」と感心されたらしい。(笑)高梨先生直々による手厚い治療が受けられたようでよかったです。(笑)

うさぎさんにロレッタで美容外科カウンセリングサービスを始めたことをお伝えしたところ「それはすごくいいと思うよ。やっぱりみんな上手いカウンセリングの受け方とかわかんないから」とお褒めいただきました!嬉しい!

医者からよいアドバイスを引き出す患者としての心得って、結果が自分にダイレクトに跳ね返ってくるだけにほんっとうに大事だと思う。でも、意外と気づいてない人が多い。ネットで調べただけで「理解したつもりの勘違い患者」にならないためにも、自分の中のバイヤスをできる限り排除するためにも、自分が素人なのをわきまえておくことはとても大事だと思うんですよね。こういう心得って、美容外科に限らず美容院やエステ、レストランでもどこでも通用することだし、ぜひ一度受けておくと良いと思う、ほんとに。

■美容外科カウンセリングサービス 60分¥15,000(税抜)

対談ゲストは気鋭の社会学者鈴木涼美さん!!修士論文を元にした著書『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』は一昨年読みましたー。
■鈴木鈴美さんTwitter

ご本人、やっぱりめちゃかわいい!!お肌つるつる。目が丸くてぱっちりしていてお人形さんみたい。やっぱり女性がきれいにしていてニコニコ機嫌よくしてて、ユーモアの効いたトークができると最強ですよね。空気が一気に明るくなる!元日経新聞記者の鈴木さん曰く、日経は「タイトスカート×。パンツスーツ着用」の指示がでるほど厳しかったらしい。

うさぎさんがクラウドファウンディングで資金を募って昨年出版したこの本。私も寄付させていただいたのでした。反対派の論客にオファーを出しても断られつづけていると聞いていたのですが、口だとうさぎさんに勝てないと思ったのかな?唯一対談に出てくれたのが佐藤優さんだけだったという。

今回の対談のテーマは、このお二人ということもあり、性の商品化やAV出演強要問題、#MeeToo運動について。いつもの対談と一味違い、自然発生的に観客側も大いに参加しての縦横無尽、笑いありのトークがめちゃ楽しかった!!!!私も沢山発言してきましたー。

レイプはもちろん犯罪だし、パワーバランスにかこつけた関係性で合意を得ずにというのは完全にアウト。地位と権力と金でどうにかなると思っている勘違い、センスのない口説き、相手の反応から察して切り上げるべきタイミングがわからないところが気持ちが悪いわけ。場数とセンスの欠如。相手をモノ扱いするデリカシーの無さに至っては、もう絶望的にひどい。

しかし性的な目で見られるのが悪であり、性的に無視されるのが善であると単純に白黒つけられる問題でもない。善悪の二元論で全て規制すると、色気やフラートも無くなる。タイプの男からなら歓迎、それ以外はセクハラとするのも乱暴すぎる。一体何様?そういう主張をする人は、自分が好意を抱いた相手から嫌がられるかもしれない可能性も考慮しているのだろうか?

他にも、相手の問題だけではなく、主観の問題もあると思うんですよ。自分の虫の居所が悪いときは声をかけられただけでもムカつくけど、機嫌のいいときは別段気にしない、とかね。

たとえば女性顧客にイケメン営業マンを配置して物を買わせる、女のジム会員には若い男のインストラクター、奥さんに先立たれた男性には奥さんと同世代の女性営業をつける、某女社長のエステ本社はイケメンばかりでホストクラブ状態(エステの本社なのに女がほとんどいない笑)とか、ビジネスの場でも性で有利に事を進めることってよくある話。

あと、女が露骨に言い寄ったのに男が断ったら「女性に恥かかせるなんてひどい!」とか言うのは逆セクハラだと思うんだけど、なぜか世の中的には許されちゃってる感じがしません?男にも断る権利と選ぶ権利はあるはずなんだけど、断るはずがないと女が頭から信じこんでいるのって、どうよ?据え膳食わぬは男の恥とはいうが、実際は男にも据えられたって食いたくない膳はあるでしょう。漫画「先生の白い噓」なんてまさにそれでしたよね。

在仏ゲイの方のブログには、近い将来、性的に徹底的に無視することがハラスメントになる時代が到来して、セクネグという新語ができたりして・・・とあったのだけど、私もこのブログには賛成。いくら美しく装っても誰からも性的に無視されつづける世界って、一体どんな感じなんだろう?殺伐として欲求不満に満ち満ちた人間があふれかえりそう。そうなったら、美を保つ意味や美的価値ってどうなるんだろう?おそらく私は失業ね。(苦笑)

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■#Me Too・・・?
『いずれにしても、ドヌーブたちが提起したものは「自由を守ること」と「弱者や被害者を守ること」をいかに両立させるべきかという課題でもある。
自由を過度に主張すれば社会の均衡は決して得られず、また弱者や被害者を徹底的に保護することを絶対視してもやはり均衡は得られない。何ごとにおいても相反する二つの理念を両立させるためには微妙絶妙な均衡点を見つけることが唯一の解決法であるというしかない。その均衡点は必ずしも目に見えたり明文化できるようなはっきりとした均衡点ではない。そういう均衡点をいかに見つけそこへと落ち着いていく道を築くか、それこそがまさに社会としての成熟と英知が問われるところであると僕は常々思っている。』

『思いもかけない些細なことで次の瞬間にはセクハラ罪でネットを通して世界中に告発される危険がある世界で誰が誘惑やセックスへの誘いを試みるだろうか。そうしていつしか誘惑や口説きがいっさい存在しない社会がやってくる。
そのときになって人間たちは目が覚めるのだ。セクハラされるよりも性的に徹底的に無視される苦しみのほうが大きいということに。そのときには今度は性的に無視されるハラスメントすなわちセクシュアル・ネグレクト・ハラスメント - セクネグとすでに呼ぼう - が流行りだし、世の中は欲求不満のヒステリックな人間たちで溢れかえることだろう。
そして新しい法律があちこちに出来上がるのだ。男女が一緒になるシチュエーションにおいては必ず誰かを口説くこと。そしてしっかりとセックスに誘うこと。さもないとセクネグ罪として告訴されることとなる、と。』

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それにしても。
セクハラに限らず、人の器を見抜きたければ、権力(その大小はどうであれ)を手にしたときにその人がどう変貌するかを見ればいい。内面と外面。言行一致しているか否か。
接客業をしているといろんな人を見るせいもあってよーくわかるのですが、弱者(と自分が見下せる)相手にマウンティングしないと自分を保てないような人は、根源的なところで劣等感と敗者感にさいなまれているのでしょう。
「そんなふうだからあなたは誰からも愛されないんだよ」と、いっそ指摘してあげたほうがよいのでしょうが、もはや他人からそんな労力すら割いてもらえなくなっているのだろうと推測する。そういう人に限って「誰も本当の自分を理解してくれない」って嘆きがちなんですが、それは道理至極。

だから私はそういう人には仕事でもプライベートでもできる限り近寄らないように、関わらないようにしています。私は私を心底必要としている人達のために、そして自分が会いたい人のために使いたいから。

コミュニケーションは相手が誰であれ時間と労を要するもの。せっかく割くなら自分のためになる人、会いたい人に時間と労力を費やしたい。そして、会いたい人がいたら臆せずどんどん自分から会いにいけばいい。

私はいつもそうやって素晴らしい人の出会いを実現してきました。自分が学生時代から著作を愛読していたうさぎさんや伏見ママ、植島先生、そしてそこで出会った素敵で知的な友人たちと今こうやって交流ができる私は本当に幸せ者です、我ながら。