ロレッタブログ

スウェーデンの過激なまでの個人主義 - 2020.05.17

スウェーデンの取り組みには一部批判もありますが、私は前駐スウェーデン大使の渡邉芳樹さんのインタビューを読んで「スウェーデンを一言で表すなら『過激なまでの個人主義(ラディカル・インディビジュアリズム)』に尽きる」と知っていたので、国民の自律性に任せた今回の対策にも驚くことなく深く納得。自主性といっても、日本の緩さとはその中身が全く違うのですよね。自粛警察とか皆無なんじゃないでしょうか。

日本は個人主義というと「自分勝手にやりたい放題すること」、みたいな印象を抱く傾向があるみたいですがそうではなくて「個人の意思の尊重」なんですよね。なので、会社、家族などの夫婦、親子間などの愛情は、決して経済的依存によるものではなく、平等で相手の個人の自立を尊重する関係に基づくとするラディカルインディビジュアリスムは、甘えや依存や被害者ぶりっ子と正反対で、実に私の好むところです。これが国民レベルで浸透している事実に、私はいたく感銘しましたよ・・・!

渡邉芳樹さんのインタビューや講演はネットでも沢山見られるので、ぜひ探してみてください。個人主義と高福祉国家を実現するのは、はっきりいってそんなに生易しいもんじゃない。ここまで強靭な個人主義のメンタルが果たして日本人に備わっているかというと、正直なかなか難しいのではないでしょうか?「平等」って耳障りはよいけれど、言い訳や甘えの余地が無くなるので、依存心と被害者メンタルにすがって甘ったれたまま生きたい人ほど相当キツイんじゃないかと思う。

これまで述べてきたスウェーデンモデルの総じて輝かしい成果は一体どのような条件の下で可能となったのかという問題意識は常に残るところである。

筆者も大使として多くのスウェーデン人と出会い対話を重ね勉強させて頂いた中で最も大きな影響を受けたのは2011 年のスイス・ダボス会議にスウェーデンからラインフェルト首相,ボリ財務大臣その他の要人が参加した際に配布されたThe Nordic Way という文書(ブローチャ―)であった。それは後に社会民主党内閣で副首相となったクリスティーナ・パーション氏(元中央銀行副総裁,シンクタンク理事長)との出会いから手に取ることが出来た。それは彼女とヴァレンベリ財閥代表の二人が2010 年12 月に編纂したものである。

第1 部は著名な経済学者により,第2 部は著名なジャーナリストと歴史家の二人が2006 年にベストセラーになった彼らの著書「スウェーデン人は人間か」
という分厚い書籍の内容からダイジェストとしてまとめたものであった。後者の部分の要点を記して冒頭の問題意識に答えて行きたい。

いわく──北欧資本主義の真髄におけるパラドックスは,社会への信頼と過激なまでの個人主義にあって,スウェーデンにおける政策の中心目的は「個人の自律(立)と社会的職業的流動性の最大化」ある。

その前提となるのが,スウェーデンにおける愛の理論である。お互い頼り合わない,不平等な力関係に身を置かない中でこそ真っ当な愛や友情の関係がある。これこそ家族関係の近代化であり,確立した制度である(筆者注:女性の経済的自立と税制・社会保障における個人単位化が行われ,専業主婦は1%しかおらず社会的居場所がない社会であって,離婚時にも慰謝料はない社会を形成している)。個人の自律,社会的平等,個人主義は切り離せない関係にあり,個々人に力を感じさせ,現代社会の要請を受け入れ,経済効率化や合理的決定に向けた現実的妥協に前向きになれる基礎となっている。

また,他の欧米諸国と較べて格段に高い社会への信頼は,他者を信じ,司法・行政・政治に対して高い信頼と確信に繋がる。経済的には「低い移行コスト(LowTransaction Cost)」の社会を形成している。
ここでは国家と個人の同盟関係が強く,スウェーデンの国是は国家個人主義である。これこそスウェーデンモデルの原点であると確信している。

スウェーデン人はしばしば「自国にはゾンビ企業はない」と言う。破綻する企業を守るより個人の生活と将来を支えるという考え方の表明であり,これこそスウェーデンモデルなのであろう。

→●強靭なスウェーデンの国家と社会

→●「日常をできるだけ維持する」スウェーデンのコロナ対策

「緩い制限」の背後にある国民の理性と民主主義